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第13回 越前 敏弥さん「読者とつながり、書店を巻き込む 」前編
 

翻訳家・越前 敏弥(えちぜん としや)さん

文芸翻訳家。ダン・ブラウン、エラリー・クイーン、スティーヴ・ハミルトンなどミステリー作家の作品を中心に、『思い出のマーニー』『シートン動物記』など古典児童文学の新訳も手がける。

公式ブログ・翻訳百景



 ミステリー小説の翻訳家として、またその指導者として、八面六臂の活躍を続ける越前さんですが、私はたまたまデビュー前から存じ上げています。1999年1月に初の長編訳書『惜別の賦』(ロバート・ゴダード著/東京創元社刊)が刊行されたときには、師匠の田村義進先生たちと表参道の小さな酒場でお祝いしましたっけ。「いつまでも読み終えたくないような、別れがたい本だった」と感想を伝えたら、とても喜んでくださったことも覚えています。その後、桁違いのベストセラー『ダ・ヴィンチ・コード』(ダン・ブラウン著/角川書店刊)があり、誤訳を防ぐための著書シリーズがあり、「翻訳ミステリー大賞シンジケート」というサイトを拠点とする全国規模の活動があり……さて、何からご紹介したものやら。

■インタビュー:佐藤千賀子(さとう ちかこ) ■テキスト:川上 洋子(かわかみ ようこ)

 


 その他のインタビュー

 

 インタビュー・前編

佐藤  とりあえずは、翻訳業の近況から。今は、やはりエラリー・クイーンの新訳シリーズですかね。
越前  ここ5年ぐらいは、仕事の半分以上がエラリー・クイーンという状態で、気がついたら16作出てました。山田洋次監督の寅さんみたいなもんです。『男はつらいよ』が年に2本あって、ほかの作品はほとんど撮れなかったっていう、あの状態に近い感じですね。エラリー・クイーンは8月刊行の『九尾の猫』(ハヤカワ・ミステリ文庫刊)でひと区切りです。僕の場合、だいたい5年単位で物事が動いているんです。デビューが1999年で、『ダ・ヴィンチ・コード』が2004年。『越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文』(ディスカヴァー21刊)が出たのが2009年。翻訳ミステリー大賞シンジケートが立ち上がったのも、「顔出し厳禁」のルールを廃止したのもこの年です。
佐藤  びっくりしました。以前は絶対に顔写真NGな方でしたから。
越前  2009年までは結構かたくなだったから、対談記事でも僕だけ後頭部の写真だったりね。でも、著書を出した以上、逃げ隠れはできないというのと、もうひとつ、顔出しOKにすると発言の機会が倍増することがわかったんですね。「いろいろイメージがついちゃうから、訳者は顔を出さないほうがいい」という考えは今も半分ぐらいあるんだけど、翻訳の、特に小説の世界の現状を考えると、ちょっとそんなことを言っている場合ではないんじゃないかというのがあって。
佐藤  いよいよ顔を出してでも行動しないと……というお気持ちなんですね。今は、本当にさまざまな活動に関わっていらっしゃる。
越前  翻訳技術を伝えていくことと、翻訳書の読者を増やすことという2つのテーマがあるんですが、どちらを優先するかというと、今は後者のほうに重点が移っています。

 

翻訳家が語れることはたくさんある

佐藤  越前さんがデビューした頃って、翻訳バブルはもう終わっていたとしても、今よりは随分明るい状況……でした?
越前  それは、初版部数の話をするといちばんわかりやすいんですね。僕がデビューした頃というのは、文庫の初版部数が2万を切ったという版元が出て、びっくりされていた時代です。当時は2万〜2万5千部が当たり前だったから、「1万8千? えーっ、そんな少ないの?!」って驚いていた。その後、2002年に僕の訳した『飛蝗(ばった)の農場』(ジェレミー・ドロンフィールド著/東京創元社刊)が1万2千部で出たとき、創元推理文庫史上いちばん少ないというので、すごく話題になったんです。じゃあ今はどうかというと、翻訳小説の文庫は「初版1万なら、いいほう」という状態。2万切って驚いていた頃の、さらに半分になっているんですね。
佐藤  刷り部数だけではなく、発行点数も減っていますものね。そうしたなかで、越前さんのような、なんというか、“求心力のある”方がいろいろ発信してくださると、とても心強いわけなんです。
越前  ただ、原則として、あまり「売れない」「売れない」と言うのはよくないと思うんですよ。読者にそれを言ったら、ますます売れなくなるだけですから、とにかく翻訳小説の面白さを伝えていく……そういう形しかないと思っています。全然本に興味がない人に働きかけるのは難しいけど、まずは日本の作家の小説を読んでいる人に声をかけていくような広がり方でいいんじゃないかって。海外の作品のどこが、どう面白いのか——いろいろな角度から翻訳者が言えることはあると思うし、翻訳秘話を喜んでくれる人はたくさんいるんですよね。
佐藤  その意味で、この夏に主催なさった東江(あがりえ)さんの追悼イベント(ことばの魔術師/翻訳家・東江一紀の世界)は、かなり手応えがあったのではないですか?
越前  東京、大阪、札幌で5回やって、どこも満席になりました。延べ300人ぐらい来てくれたのですが、そのうち100人以上は、業界関係者ではない一般読者だったんですね。僕は普段からイベントをやっているので、そのへんは間違いなくわかります。一般の人がね、「面白かったから、彼氏連れてもう一度来てもいいですか?」って言ってくれた。
佐藤  スクリーンを使って越前さんが東江さんの名訳・珍訳を解説するコーナーは、あらためて英文和訳の奥深さがわかると同時に、単純に楽しかったですし、後半、翻訳家の布施由紀子さんや河野万里子さんが東江さんの人となりを語られたときには、客席のあちこちで静かにすすり泣くような音が聞かれました。
越前  ああ、そうだったんですか。それは壇上からはわからなかった。布施さんが遺作の『ストーナー』(ジョン・ウィリアムズ著/作品社刊)を朗読したあたりでは、結構みんなしんみりしているなとは思ったんだけど。いろいろなことを感じてもらえたとしたら、うれしいですね。

 

書店チェーンの枠を越えて

佐藤  どういう経緯で、あんな素晴らしいイベントができあがったんですか?
越前  まず大阪で決まったんです。以前から紀伊國屋書店グランフロント大阪店で出版記念講演や翻訳秘話のイベントをやっていたので、「次、何をやろうか」「東江さんのこと、何かやりたいんだけど」「それなら半年後の一周忌に合わせたらいいんじゃないか」という感じで、話が進んだんです。大阪でやるなら当然、東京もやらなきゃおかしいので、まず東江門下の人たちに話を持っていったんですね。6人の有志が手伝ってくれることになって、その1人の桐谷知未さんが文京区の「不忍ブックストリート」で古本市などの活動をしていた関係で、会場が決まり、地元の書店とのタイアップもうまくいった。東京・大阪という柱が決まったところで、今度は全国の読書会に「同時期に東江さんの訳書を課題書にできないか?」と呼びかけたんです。東京の多摩南、札幌、仙台、大阪の読書会が応えてくれて、そんな感じにとんとん拍子で運んでいった。札幌では読書会の一部としてトークイベントをやりました。
佐藤  越前さんを中心に翻訳家と書店と読書会がつながった。  
越前  書店に関しては、ちょっと前に丸善津田沼店から全国へ展開していったはじめての海外文学フェアというのがあってね。僕も選書人の1人だったのですが、これが、初めて書店チェーンの枠を越えた動きだったんですね。このフェアの仕掛け人だった酒井七海さんに「今度、東江さんのフェアをやるんですけど」って声をかけたら、青山ブックセンターの本店やジュンク堂の池袋本店を紹介してくれた。丸善博多店にも東江さんのファンだという書店員さんがいて、フェアを一生懸命やってくれました。
佐藤  個人的に海外文学が好きな書店員さんは、翻訳書の棚がどんどん減っていく現状に複雑な思いを抱いているでしょうから。
越前  なかなか難しいけど、こちらから面白い企画を持っていけば、動いてくれることもあるので、書店とタイアップした読書会とか、いろいろ考えています。なかでも紀伊國屋のグランフロント大阪店は翻訳書をよく売ってくれる、本当にいい本屋さん。大阪読書会のメンバーが棚作りを手伝っていたり、そういうつながりもできています。
佐藤  翻訳家の方とお話すると、「読書会」というキーワードがよく出てくるのですが、私自身は読書会というものに参加したことがなくて、「どんな人たちが、どこで、どんな風にやっているんだろう?」というレベルなので、後編で詳しくお聞きしたいと思います。
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