第4回

夏目 大さん(後編)

自分のライバルを育てる理由

写真 夏目大さん写真
インタビュアー:佐藤千賀子 (左)
さとう ちかこ)
  ゲスト:夏目 大さん
(なつめ だい)
快晴の8月某日、横浜・元町へやってきました。夏目さんのブログ『横浜翻訳生活』http://dnatsume.cocolog-nifty.com/natsume/と併せてお楽しみください。   翻訳家。外国人墓地に近い老舗カフェにて。この日も夏目節は絶好調でした。

 

佐藤:翻訳学校では、その名も『夏目式』と題した講座が好評なようで。

夏目:私自身は特に夏目式とは思っていなくて、当たり前のことを言っているつもりなんですけどね。ただ、言葉にするのが難しいことほど言おうとは意識しています。つい「ケース・バイ・ケース」の一言で逃げちゃいそうなこともね。生徒はみんな“いい子たち”だから、「やっぱりケース・バイ・ケースですか?」と言ってくれるんですが、私、そういうときにちょっと負けん気が出るんですね。『いや、そんな言葉で片づけたくない!』って。で、なんとか説明しようとするんです。特別だとしたら、そういうところかな?

佐藤:それこそが“翻訳”だという気がしますね。

夏目:よく「(翻訳は)やっぱり日本語ですか?」と聞かれるけど、「日本語がうまく書けないと駄目です!」みたいな授業をしたって……と思うんですよ。だって「良い翻訳」とはつまり「良い日本語」でしょ? 「良い翻訳をするために良い翻訳をする」と言っているようなもので、それじゃ何も言わないのと一緒じゃないですか。例えば、生徒がよく「さじ加減がわからない」と言います。どのぐらい主語を入れたら自然な日本語になるのか、その加減がわからない。「そこを上手く混ぜなさい」という風に教わったと。でもよく考えたら、混ぜ方がわからない……玉ネギ剥いたらまた玉ネギだったって(笑)。

佐藤:それを先生に聞いてくるというのが、また。

夏目:でも、そう聞いてくれると答えられるわけです。「じゃあ、絶対に主語を入れてはまかりならぬって言われたら、どうする? それで1回書いてみたら、どうしても主語の必要な箇所が見えてくるかもしれないよ」と。それが最終的な答えではないかもしれないけど、ただ漠然と『ここ主語いるかな、いらないかな』って考えているよりは、何か見えてくるものがあるでしょう? 同じように、読点の入れ方に迷うなら、点を一切入れない文章を書いてみればいいんです。正直言って、すぐにさじ加減がわかるとも思えないけど、結局、そうやって本人が力をつけていくしかないですから。「風邪治すのは自分だから」という考え方です。「薬? あるけどね。飲んでも効かないよ。それより、美味しいもの食べて、よく寝て、体力つけなさい」ということ。そういう発想で教えています。

佐藤: 対症療法だけでは本当の力がつかないですからね。

夏目:そんな授業でもみんな逃げずについてきてくれます。講師になりたての頃は私も30そこそこでしたから、正しいことを言えばわかってもらえると思っていたんですけど、やはり伝え方も大事なんですね。では、どう伝えたらいいだろう?と悩みましたし、この十何年ずーっと考えてきました。この部分はどう言えば教えられるだろう? なぜ、こう訳したんだろう、俺は?って、毎日訳しながら考えているんです。

佐藤:講師としても翻訳者としても、ちょうどいい年齢になられたのでしょうね。10年前の夏目さんは、ちょっと違う雰囲気の方だったような気がします。

夏目:基本的に今と同じ態度ですから、「新人なのに生意気だ」と思われることはあったようです。ずっと腰は低いつもりですけど、編集者に対しても最初から対等な口をきいていたんです。経験上、それは間違っていなかったと思うので、生徒にも「駆け出しオーラを出すな」と言っています。「駆け出し」と「卵」は禁句!って。

佐藤:プロとして仕事をする以上、関係ないですものね。むしろ自信持ってほしいですよ。

夏目:日本人の美意識からか、駆け出し的な態度をやめるのに苦労する人もいます。訳文という商品を営業マンとして売り込むには、それだと厳しい。謙遜するのはいいけど、自分の商品に自信がないような態度は駄目です。飲食店はみな「美味しいですよ」と言って売っているじゃないですか。「美味しいかどうかわかんないですけど」なんて言ったら誰も来ないですよね。昨日始めた人だって、3年やっている人だって、それは同じなんです。

佐藤:お店開いたからにはね。

夏目:お店開くと、いろいろなこと言われるから、真面目な人には辛い仕事かもしれないですけど。

佐藤:すごく真面目な人にはね。でも真面目じゃないとできないし。

夏目:勇気を持つしかないですね。「何言われるかわからない」という覚悟が必要です。本当にね、いろいろなこと言われます。「下手です」とかね。Amazonのレビューで「翻訳が下手です」って……!(笑)。全然発想の違う人から「こいつは辞書引いてない」と書かれるわけです。「辞書にこう書いてあるのに、そのとおり訳してない」って……。そんなの見ると、私なんか『草の根分けても探し出して……』という気持ちになりますけど(笑)。

佐藤:そうして鍛えられた夏目チルドレンが続々デビューしているわけですが。

夏目:みんな高い評価を得ているので、一応信頼できるブランドになってきているかな、と。

佐藤:わざわざご自分のライバルをつくっているとも言えますよね。特に翻訳家は、本当に身を切るようなことになりかねないのに。

夏目:でもね。傲慢なようだけど、逆にライバルが少なすぎると思います。まともな同業者が少ないと、まともな商売とみなしてもらえないんですよ。自動車に例えるとね、まともに走る車が少なかったら、誰も車なんて買わないでしょう? 100種類のうち1種類しかまともな車がないのでは、車というマーケットがなくなってしまう。それと一緒なんですね。だったら、もうちょっと選択の余地があったほうがいいかなと思うし、ほんと、もっとライバルが増えてほしい。

インタビューを終えて

最近、さまざまな出版社の方と新しい企画についてお話する機会が増え、そのたび翻訳出版の現状に驚いたり頷いたりしているのですが、『ちょっと待てよ、それって、夏目さんが10年前に言っていたことじゃない?』と思うことが多々あります。時代が彼に追いついてきたという感じでしょうか。ますますのご活躍、楽しみにしています。

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